股関節の痛みはなぜ起きるのか─複数の組織が絡み合う「股関節痛」の正体を知る

「歩き始めに股関節のあたりがズキッと痛む」「足の付け根がだるくて、長時間歩けない」「脚を開いたりしゃがんだりするとグロインあたりに引っかかり感がある」「靴下を履くのが難しくなってきた」──股関節の痛みは、日常のさりげない動作の中に忍び込んでいることが多い症状です。

股関節は上半身と下半身をつなぐ要の関節であり、体重を支えながら歩行・走行・回旋・屈伸など多方向の動作を担っています。その構造は、大腿骨頭・寛骨臼という骨だけでなく、関節唇・関節包・靱帯・筋肉・神経・血管など、非常に多くの組織が複雑に絡み合っています。

「股関節が痛い」という症状の背景には、これらの組織のひとつだけでなく、複数が同時に関与しているケースがほとんどです。ひとつの組織への対処だけで痛みが繰り返される方は、関連する組織全体を見直すことが慢性化・再発防止のカギになります。この記事では、股関節の痛みに関わる主な組織とそれぞれの症状を整理し、適切なケアと予防についてお伝えします。

股関節はなぜ痛みやすいのか──構造と特性

股関節は「球関節」と呼ばれる構造で、骨盤の寛骨臼(かんこつきゅう)という受け皿に大腿骨頭(だいたいこっとう)という球状の骨がはまり込んでいます。この深くはまり込んだ構造が高い安定性を生み出す一方で、関節の深部にある組織(関節唇・軟骨など)は外からは触れにくく、損傷に気づきにくいという特性があります。

また股関節は、体重の約2〜3倍の荷重を受けながら、腰椎・膝関節・足関節と連動して全身の動作を支えています。股関節の動きが制限されると、腰や膝がその動きを代償するため、股関節の問題が腰痛や膝痛として現れるケースも少なくありません。こうした「連動性」が、股関節痛を複雑にしている理由のひとつです。

股関節の痛みに関わる複数の組織とそれぞれの症状

股関節の痛みがどの組織から来ているかを理解することが、症状への適切な対処につながります。以下に主な組織とその症状例を示します。

① 関節軟骨(大腿骨頭・寛骨臼軟骨)

大腿骨頭と寛骨臼の表面を覆う関節軟骨は、衝撃を吸収しながら骨同士がなめらかに動くためのクッションです。神経や血管をほとんど持たないため、初期の摩耗では痛みを感じにくく、気づかないうちに変性が進みやすい組織です。軟骨がすり減ると骨同士が接近・接触し、炎症と変形が生じます(変形性股関節症)。先天的な臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)がある方は、若いうちから軟骨への負荷が偏りやすく注意が必要です。

こんな症状が出やすい

  • 動き始めに足の付け根がズキッと痛み、少し歩くと楽になる
  • 長時間歩いた後や階段の後半で股関節が重だるくなる
  • 股関節を動かすと「ゴリゴリ」「ザラザラ」と感じる
  • 進行すると安静時や夜間にも鈍い痛みが続くようになる

② 関節唇(かんせつしん)

関節唇は寛骨臼の縁を取り囲む線維軟骨のリング状の組織で、関節の密閉性を高め、大腿骨頭が受け皿から外れないよう安定性を補助する役割があります。繰り返しの回旋動作・深い屈曲・股関節の形態異常(FAI:大腿骨寛骨臼インピンジメント)などによって亀裂や断裂が起きやすく、若年〜中年のスポーツ活動者にも多く見られます。

こんな症状が出やすい

  • 足を深く曲げたり開いたりするときに股関節の奥がズキッと痛む
  • 股関節の前面(鼠径部)に引っかかり感・クリック感がある
  • 長時間座った後に立ち上がるとき、最初の一歩が痛い
  • スポーツ中の方向転換やひねり動作で鋭い痛みが走る

③ 関節包・靱帯(腸骨大腿靱帯・恥骨大腿靱帯など)

股関節を包む関節包は厚く丈夫な組織で、その外層を複数の靱帯が強化しています。特に前面の腸骨大腿靱帯(ちょうこつだいたいじんたい)は人体最強の靱帯のひとつで、股関節の過伸展を制御します。炎症や損傷が生じると、股関節の可動域制限と動作時の痛みが現れます。また長期の不動や変形性変化による関節包の拘縮(こうしゅく)は、股関節の動きを大きく制限します。

こんな症状が出やすい

  • 股関節を後ろに伸ばす(伸展)動作で鼠径部が突っ張る・痛む
  • 朝起きたとき股関節が固まっていて、歩き始めがぎこちない
  • 足を広げる動作(開脚・あぐら)がだんだんやりにくくなってきた
  • 股関節まわりが全体的に硬くなってきた感じがある

④ 筋肉(腸腰筋・中殿筋・深層外旋六筋・内転筋群)

股関節を動かし安定させる筋肉は多方向にわたります。屈曲の主役である腸腰筋(ちょうようきん)は、長時間の座位で短縮・硬化しやすく、鼠径部の痛みや腰痛の原因になります。股関節外側を支える中殿筋(ちゅうでんきん)は歩行時の骨盤安定に不可欠で、弱化するとトレンデレンブルグ徴候(歩行時に体が左右に揺れる)が現れます。深層外旋六筋(股関節の回旋を担うインナーマッスル)は、関節の安定性と繊細な動作制御を担います。

こんな症状が出やすい

  • 鼠径部(太ももの前・付け根)が歩くたびにズキズキ痛む(腸腰筋の緊張)
  • 歩くと体が左右にゆらゆら揺れる・疲れやすい(中殿筋の弱化)
  • 股関節の外側・お尻まわりが重だるく、長時間立っていられない
  • 脚を内側・外側に回す動作で引っかかりや鈍い痛みがある

⑤ 筋膜・腸脛靱帯・滑液包

股関節外側には大転子滑液包(だいてんしかつえきほう)があり、筋肉と骨の間の摩擦を軽減しています。この滑液包が炎症を起こすと大転子部痛(だいてんしぶつう)と呼ばれる外側の痛みが生じます。また腸脛靱帯(ちょうけいじんたい)が大転子に引っかかって弾発音(パチン・コツン)を生じるのが弾発股(だんぱつこ)です。筋膜の癒着は股関節まわりの動きの制限と鈍痛の原因になります。

こんな症状が出やすい

  • 股関節の外側(大転子あたり)が押すと痛む・熱を持っている
  • 脚を動かすたびに「パチン」「コツン」と音や引っかかり感がある(弾発股)
  • 横向きに寝ると股関節の外側が痛くて寝づらい
  • 太ももの外側から股関節にかけて皮膚が引っ張られるような張り感

⑥ 末梢神経・循環系(大腿神経・閉鎖神経・上殿神経)

股関節まわりには大腿神経・閉鎖神経・上殿神経など複数の神経が走っており、股関節周囲の炎症や筋肉の過緊張によって絞扼(こうやく)されると、鼠径部から太ももの前面・内側にかけてのしびれや灼熱感が現れます。また大腿骨頭は血行が届きにくい構造のため、血流障害が起きると骨頭壊死(こっとうえし)のリスクがあります。循環の低下は組織修復力の低下にも直結します。

こんな症状が出やすい

  • 太ももの前面・内側がじわじわしびれる・感覚が鈍い
  • 股関節まわりが冷えやすく、温めると楽になる
  • 安静時にも股関節の奥がズキズキと深く痛む(血行障害の可能性)
  • 鼠径部から太ももにかけて電気が走るような痛みがある

股関節の痛みが起きる原因・リスク要因

股関節の痛みは急性のものと慢性・進行性のものに分けられます。それぞれ関与する組織や対処の優先度が異なります。

急性期の主な原因

  • スポーツ中の急激なひねり・過度な開脚による関節唇損傷・筋肉損傷
  • 転倒・衝突による直接的な外力(骨折・打撲・脱臼)
  • 急激な運動量増加による筋肉・腱・滑液包への過剰な負荷
  • 長時間の不動後の急激な動作による関節包・筋肉への負荷集中

慢性化・再発のリスク要因

  • 臼蓋形成不全・FAI(大腿骨寛骨臼インピンジメント)など先天的・後天的な形態異常
  • 加齢による軟骨の変性・摩耗(変形性股関節症)
  • 肥満・過体重による股関節への荷重負荷の増大
  • 腸腰筋・中殿筋・深層外旋六筋の筋力低下と柔軟性の低下
  • 長時間の座位による腸腰筋の短縮と股関節屈曲拘縮
  • O脚・骨盤の傾きなど下肢アライメント不良による荷重の偏り
  • ステロイド薬の長期使用・過度な飲酒による大腿骨頭壊死リスク

日常ケア・リハビリ・予防

股関節の痛みを改善し再発を防ぐためには、軟骨・関節唇・関節包・筋肉・神経といった関連する複数の組織それぞれに働きかけることが重要です。急性期と慢性期でアプローチを変えながら、段階的に取り組んでいきましょう。

急性期(発症まもない・強い痛みや腫れがある時期)

  • 股関節に強い痛みがある場合は体重をかけることを避け、安静を保つ
  • 転倒後・強い外力の後は骨折・脱臼の除外のため早期に整形外科を受診する
  • 急性炎症が強い時期は温めすぎず、安静と必要に応じた冷却を優先する(医師・施術者に相談)
  • 痛みが強い・体重をかけられない場合は松葉杖などで免荷する

慢性期・リハビリ期(痛みが落ち着いてきたら)

  • 腸腰筋ストレッチ:片膝立ちで骨盤を前方に押し出すように30秒伸ばす。座位による短縮を改善し、鼠径部の詰まり感を解消する
  • 中殿筋強化(クラムシェル):横向きで膝を曲げたまま上の膝を開き、5秒キープ×10回。歩行時の骨盤安定に直結する
  • 深層外旋六筋のストレッチ(梨状筋ストレッチ):仰向けで片膝を胸に引き寄せ、対側の肩方向にひねり30秒キープ
  • 股関節外転・伸展運動:四つ這いで片脚を後方・外側に上げ、5秒キープ×10回。股関節まわりのインナーマッスルを活性化する
  • 水中歩行・自転車エルゴメーター:荷重を軽減しながら股関節の可動域と筋力を改善する

姿勢・生活の工夫

  • 長時間の座位を避け、1時間に1回は立ち上がって股関節を動かす習慣をつける
  • 椅子の高さを調整し、股関節が深く曲がりすぎない座位姿勢を保つ
  • 床からの立ち上がりは股関節への負担が大きいため、椅子・ソファを活用する
  • 体重管理:1kgの減量で股関節への負荷が約2〜3kg軽減される。適切な体重維持が軟骨保護につながる
  • 靴底のクッション性・足底板(インソール)の活用で股関節への衝撃を分散する

こんな症状があったら早めの受診を

以下のような症状がある場合は、自己ケアだけでなく早めに専門機関を受診してください。股関節は深部に位置するため、症状が進行してから受診すると対応できる選択肢が狭まることがあります。

  • 転倒・外力の後から股関節に強い痛みがあり体重をかけられない(骨折・脱臼の除外が必要)
  • 安静にしていても股関節の奥がズキズキと深く、強く痛む(大腿骨頭壊死・感染の可能性)
  • 発熱・倦怠感を伴う股関節痛(化膿性関節炎の可能性:緊急対応が必要)
  • 股関節の変形が目立ってきた・脚の長さに左右差が出てきた
  • 歩行距離がどんどん短くなってきた・日常生活に著しい支障がある
  • 2〜3週間以上改善しない、または徐々に症状が悪化している
  • 子どもの股関節痛・跛行(ペルテス病・大腿骨頭すべり症の除外が必要)

特に発熱を伴う股関節痛は化膿性関節炎の可能性があり、緊急対応が必要です。また大腿骨頭壊死はステロイド使用者・過度な飲酒歴のある方に多く、早期発見が予後を大きく左右します。迷わず整形外科を受診してください。

まとめ

股関節の痛みは、関節軟骨・関節唇・関節包・靱帯・筋肉・筋膜・神経・循環系など、多くの組織が複雑に関わり合って生じる症状です。「足の付け根が痛いだけ」と思っていても、その背景には複数の組織が少しずつダメージを受け、互いに影響し合っているケースが少なくありません。

また股関節は腰椎・膝関節と連動しているため、股関節の機能低下が腰痛や膝痛として現れることも多く、「腰も膝も痛い」という方が股関節のケアで改善するケースも見られます。

急性期には損傷組織の保護と炎症のコントロールを優先し、慢性期には関連する筋肉の柔軟性・筋力・関節可動域の改善を組み合わせることで、痛みの慢性化と再発を防ぐことができます。「股関節の痛みは年齢のせい」と諦める前に、どの組織が関わっているかを専門家と一緒に確認してみてください。